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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)5135号 判決

原告

三上薫

右訴訟代理人

高山征治郎

山下俊之

被告

島田武

被告

日商産業株式会社

右代表者

土居徳伍

右両名訴訟代理人

植木敬夫

堀敏明

主文

一  被告島田武は原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ、昭和五四年五月一二日から明渡ずみまで一か月金八万円の割合による金員を支払え。

二  被告日商産業株式会社は原告に対し、別紙物件目録記載の建物のうち階下北西隅の事務所一室(別紙見取図中の斜線部分)を明渡せ。

三  被告島田武は原告に対し、金五万円及びこれに対する昭和五四年六月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告の被告島田武に対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用中、原告と被告島田武との間に生じたものは、これを四〇分し、その一を同被告の負担とし、その余を原告の負担とし、原告と被告日商産業株式会社との間に生じたものは、全部同被告の負担とする。

六  この判決は、第三項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

第一建物明渡関係

一請求原因1〈編注、建物賃貸借契約の成立〉及び同2(二)〈編注、無断増改築及び無断転貸を理由とする賃貸借契約解除の意思表示〉の事実は、当事者間に争いがない。

二請求原因2(一)(1)について

被告島田が昭和五四年四月下旬頃本件建物一階部分の屋根の上にプレハブ式の部屋一室を増築する工事を始めたとの事実を認めるに足りる証拠はないが、〈証拠〉並びに前記争いのない事実を総合すれば、

被告島田は、昭和四四年九月、本件建物の賃借人である東洋自動機から同建物の一部を転借して以来、途中昭和四八年九月三〇日に原告から直接同建物全体を賃借するようになつたという変化はあつたものの、継続して同建物内に居住しているものであるが、被告島田は右入居した昭和四四年九月、本件建物のうち平家建部分の屋根の上の一部に古材を用いて物干し台を設置していたところ、昭和五四年四月頃には、右物干し台の一部が腐朽化し、被告島田の妻が物干し中、床が抜けて足を負傷するということまで発生したので、被告島田は、同年五月一日、原告に無断で、右木造の物干し台を撤去したうえ、同じ場所に厚さ二ミリメートルの鉄材でできた物干し台(公道側よりみて幅約3.62メートル、奥行3.62ないし5.43メートル)を約二時間半の間に設置し(右屋根上に鉄材を設置したことは争いがない。)、同月一〇日から一週間ほどの間に、昼休み時間を利用して、右台上に柵及び物干しの柱等を取付けたこと、右物干し台は、簡易な方法により取付けてあり、これの撤去、復旧は容易であると思われること

が認められるところである。

しかしながら、右認定事実によれば、右の新たな物干し台等は、それほど大がかりなものではなく、撤去、復旧も容易であると思われ、かつ、本件建物を利用するうえで有益なものということができるから、右物干し台等の設置工事をもつて賃貸人賃借人間の信頼関係を破壊するものとまで認めることはできず、従つて、原告は、右工事が原告に無断でなされたことを理由として、請求原因1(三)、(四)の約定に基づき本件賃貸借を解除することは許されないといわねばならない。

三請求原因2(一)(2)について

被告会社が本件事務室を使用していることは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すれば、

被告島田は、本件賃貸借当初より、本件建物一階部分のうち別紙見取図中の工場兼作業所と記載された部分において機械加工業を営んでいる者であり、被告会社は、中古の工作機械の仲介を業とする会社であるが、被告島田は、被告会社代表者土居徳伍とは、昭和四五年頃からの知り合いであり、昭和五〇年頃から、自己の仕事をするかたわら、被告会社物流管理本部部長という肩書のもとに、被告会社のために、工作機械の修理、調整並びに仲介の斡旋を行なつていること、土居徳伍は、被告会社肩書地に存在する木造二階建アパートの三部屋を賃借し、ここを自宅兼被告会社本社としているが、昭和五一年八月頃、右自宅兼本社だけでは、被告会社の業務上の連絡等に支障をきたすようになつてきたので、別に適当な連絡場所を探していたところ、被告島田から本件事務室の使用を勧められたので、これに応じ、以後現在に至るまで被告会社は同事務室を占有使用しているものであること、平常、土居徳伍は、朝夕、各三〇分ないし一時間ほど同事務室にいて、カタログの整理、顧客との連絡、報告の聴取等の事務をなし、日中は外回りに出て顧客を相手に行動していること、その間、同事務室においては、被告会社の事務員田中政子が被告会社専用の二台の電話(但し、一台は受信専用)の番をしていること、なお、右二台の電話の電話加入権は、もと被告会社が有していたが、昭和五四年四月被告島田がこれを譲り受けたものであること、同事務室内には、事務机三つ、応接セット、ロッカー、本立、カタログケース等の備品が存するが、カタログケースが被告会社の所有である以外、他はすべて被告島田の所有であり、昭和五四年五月二三日、当庁執行官が、同事務室につき被告会社に対する占有移転禁止仮処分の執行をした際、同執行官は、右備品の所有関係及び被告島田の説明に基づき、同事務室の直接占有者を被告会社単独ではなく、被告両名であると認定したこと、しかし、右執行の際、右机等に収納されていた書類並びに同事務室内の壁面に数枚掲示されていたポスターは、すべて被告会社関係のものであり、前記備品及び電話以外に被告島田関係のものは存しなかつたこと、また、土居徳伍は、少なくとも、昭和五三年末頃から昭和五四年八月頃までの間は、公道に面する本件事務室のドア表側上部に、被告会社の標示として、「日商産業株式会社」というカレンダーの切り抜きを貼り付けていたこと、他方、土居徳伍の自宅兼被告会社の本社である前記アパートに被告会社の標示は存在せず、外観上も会社事務所のような感じではないこと、土居徳伍の被告会社代表取締役としての名刺には、本件事務室内の前記二つの電話のうち一方の番号が記載されているが、本社の電話の番号は記載されていないこと、田中政子の主たる仕事は、前記した電話の番であるが、電話の中には、被告島田宛のものもあるようであり、同女は、その場合には、被告島田への取次、連絡も行なつており、その外、被告会社あるいは被告島田の来客の接待としてお茶を出したりしていること、被告島田が被告会社のために行なう仕事量は、平均的にみて、一か月に二日間の専業という程度であり、その対価は、給料の各目で被告島田が仕事を行なうつど被告会社から支払われており、ちなみに、被告島田が、昭和五五年の確定申告の際、年間給与所得(被告会社関係のみと思われる。)として計上した金額は、金三〇万円であつたこと、被告会社の従業員は、被告島田を別にすれば田中政子だけであること、被告島田は被告会社に対し本件事務室の使用につき賃料の請求はしておらず、被告会社もこれを支払つていないこと。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定のとおり、被告会社は昭和五一年八月頃から現在に至るまで被告島田の承認のもとに、本件事務室を占有使用しているものであり、右認定の被告両名による本件事務室の使用の実情よりすれば、本件事務室は、被告会社が単独でこれを直接占有するものであるか、あるいは、被告両名が共同してこれを直接占有するものとしても、同事務室に対する被告会社の支配は被告島田のそれよりはるかに強度なものであると認めるのが相当であつて、被告島田が被告会社をして本件事務室を占有使用させている行為は、本件賃貸借との関係において、転貸に該当することが明らかである。

そこで、右転貸につき、これを賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情が存在するかどうか(抗弁1)につき検討するに、被告ら側の事情としては、前認定の被告島田の事業と被告会社の事業との協働関係、被告島田においても自己のために本件事務室を使用することがあること、被告島田は被告会社から本件事務室の賃料を徴収していないこと、別紙図面〈略〉の記載から明らかなように、本件事務室の床面積は本件建物全体のそれの八分の一程度であること等をいちおう挙げることができるけれども、前記認定した被告会社による本件事務室の占有使用の実態、本件事務室は、別紙図面記載のとおり、公道に面しており、本件建物の中では場所的には最も価値の高い所に位置しているものと思われること並びに〈証拠〉によれば、原告は、本件賃貸借についての昭和四八年九月三〇日付契約書(念書添付)において、将来本件建物を取り毀して新築するつもりであり、三年後の期間満了時には被告島田に対し本件建物の明渡を求めるとの意思を表明していたものであつて、それにも拘らず、被告島田は、右期間満了の直前である昭和五一年八月頃、本件事務室を被告会社に転貸し、その後たびたび原告側から本件建物明渡の請求を受けながら、依然として右転貸を継続していると認められること等に照らして考えると、前記被告ら側の事情をもつて背信行為と認めるに足りない特段の事情ということはできず、他に右特段の事情の存在を認めるべき訴訟資料は何ら存しない。

次に、原告又は原告の代理人が、右本件事務室の転貸を、明示的あるいは黙示的に、承諾した(抗弁2)と認めるに足りる証拠は全く存しない。

そうすると、本件賃貸借は、請求原因1(三)、(四)の約定あるいは民法六一二条二項の規定に従い、原告の請求原因2(三)の解除の意思表示により、昭和五四年五月一一日に終了したものというべきである。

以上のとおりであつて、その余の点につき判断するまでもなく、原告の被告島田に対する本訴請求中本件建物明渡関係部分並びに被告会社に対する本訴請求はすべて理由があるからこれを認容することとする。

第二不法行為関係

請求原因6、同7について

請求原因6(一)のうち、看板の大きさ及び看板の記載内容を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、右事実に〈証拠〉を総合すれば、

原告は、本件建物につき、被告両名を債務者として占有移転禁止の仮処分決定(当庁昭和五四年(ヨ)第三六六七号不動産仮処分申請事件)を得、当庁執行官が、昭和五四年五月二三日右決定の執行を行なつたところ、被告島田は、翌二四日午前一〇時頃、別紙見取図〈略〉記載のイ点とロ点間の本件建物の外側に、横約三メートル、縦約一メートルの長方形の看板を、幅員約五メートルの公道に向けて設置し、右看板の表側ほぼ全面に貼布した白紙に、別紙(三)記載の文言(以下、本件掲載内容という。)を掲載したこと、右文言中の武蔵屋食料品店とは原告のことであり(この事実は当事者間に争いがない。)、原告は、本件建物から約二、三〇メートル離れたところで、食料品店を営んでいること、なお、右文言中の「昭和四十四年九月当時百五拾萬円の権利金等を支払い居宅兼工場として私が借受け」という点については、被告島田は、前記のとおり、昭和四四年九月、本件建物を賃借した東洋自動機から、その一部を転借したにすぎず、被告島田が同建物全体を賃借したのは、昭和四八年九月三〇日であつて、被告島田がこれまで原告に対し、権利金一五〇万円を支払つたという事実は存在しないこと、原告が被告島田に対し昭和五四年五月二五日到達の内容証明郵便で同月二七日午前中までに右掲示を撤去することを求めたところ、被告島田は同月二七日いつぱいで右看板を撤去したこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、本件掲載内容は、全体的にみて、原告が正当な理由なく、かつ、不当な方法により、被告島田に対し本件建物の明渡を求めているかのような印象を与えるものであって、原告の名誉及び信用を侵害するものであると認められる。

そして、〈証拠〉によれば、被告島田の右侵害行為により原告は精神的苦痛等無形の損害を蒙つたと認めることができ、右損害の額としては、本件に顕われた諸般の事情を考慮して金五万円と認めるのが相当である。

よつて、原告の被告島田に対する本訴請求中不法行為関係部分は、損害賠償金五万円及びこれに対する前記侵害行為の後である昭和五四年六月五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとする。

第三以上のとおりであつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(田中哲郎)

物件目録、別紙図面〈省略〉別紙(一)、(二)〈省略〉

別紙(三)

御通行中の皆様

此の建物は三軒先の武蔵屋食料品店所有のものですが昭和四十四年九月当時百五拾数萬円の権利金等を支払い居宅兼工場として私が借受け独立開業し生計を営んでまいりましたが昭称四十八年頃より不動産仲介業者が度々現れ色々な理由を付け無条件での立退きを迫り私達の生活を怯やかしてまいりました

無条件立退の理由はその都度違い

例えば

一、建物が老れい化したので

一、娘さんが此々に店を出すので

一、此の土地建物は俺が買取つたので等其の他色々さまざまです

現在は日夜がんばつて働いて居りますが生活に追れ引越す力も有りません

今から十年前の百五拾萬円と言ふお金は私共にとつては血のにじむような思で返済した金額です

最近になつては根も葉もない言いがかりを付、直ちに明渡すよう弁護士を立て仲介業者共々現れ更に強硬に迫つて来るのです

この様に弱いものが常に泣かなければならない事が許されて良い物でしようか

良い知恵が有りましたら御指導御鞭撻の程よろしくお願い至します

島田武

むさしやのおじちやんおばちやんわたしのお家をとらないで下さいはしの下にねるなんていやです

しまだやすのり

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